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同級生 | IMCニュース

同級生

同級生

副院長 井口和幸



最近、よく中学時代の同級生が集まって遊ぶ機会が多くなってきました。地元に落ち着いたせいだと思いますが、この年になると他の連中も地元に落ち着いてしまうようです。子供の時代の世間は狭く、地域も行動範囲も、何かその場所、空間に凝縮された世界が戻って来ます。小さい頃遊んだ道路や広場が何と小さい所だったり、高く見えた垣根や石垣が何と低かったり、大きく見えたものすごいと思った事が大人になって違うように見える不思議さに感動します。子供の頃の気持ちや思考回路は今でも残っていますが完全には理解できなくなっています。そうなった今もう一度その頃の風景、音、色、匂いなどを思い浮かべると今の鎌倉と違う鎌倉があったように感じます。昔は良かったなどと言うのとは違います。そうだった時代、風景、匂いが新鮮に感じその中を旅してみたいと思っているようです。そんな気持ちが同級生との付き合いの中で感じられるのかもしれません。幼稚園の同窓会、小学校の同窓会、中学校の同窓会が毎年のようにあります。実を言うと同じメンバーが多く含まれているので懐かしい人とはそう会えるものではありません。ただ久しぶりに会えた同級生と現在の中で改めて新しい関係ができるのも新鮮な体験です。自分の知らない30数年のブランクを越えてその人の人格に出会うのは多少の困惑はあるかもしれませんが本当に楽しいものです。『こいつが?』『へー!』『やっぱり』このような感嘆詞が色々の場所から聞こえてきます。あの時イガグリ頭だったチビが大きくなって、生徒会長だったあいつが髭を生やして劇団のシナリオライターみたいになったりして、勿論小生も立派に育って百貫デブ?に、女の子たちも皆それなりに年を取ってそれなりの小母さんに、そんな中であの頃大して目立たず人気も(ミーハー的)なかった子が大人になって綺麗に変身していたり(勿論整形ではなく)、子供の時の顔はその頃は子供として子供らしくなかったけれど大人になってそれ相応に年齢を重ねると顔と年齢が一致して総合して美しくも格好良くもなるものだ、などと。最近は、子供の頃はあまり付き合いのなかった友達とも頻繁に話したり、会ったりする機会が増え所謂友達の輪が拡がってきました。勿論小学、中学からの親友との関係はブランクなく続いていますが、新しくも旧い友が増え違う世界が描かれてきました。友達の友達が知り合いだった、こういったことは狭い鎌倉では良くある事ですが、先日も小学校以来30数年振りに会った友達(広義の)と話していたら子供が同じ先生に習い、子供同士も知り合いだった なんてことも。たまに東京へ出て街を歩いていてもまず知った顔に出会うことなんか無いのが当り前ですが、狭い鎌倉では知らない顔の人も辿って行けば誰か共通の知り合いがいるようです。そんな狭い鎌倉の同級生では当り前の事でしょうが、数十年振りに会った友と話をして『そうだったんだ-』と分かった時の気分は人生を何倍も幸せにしてくれたように感じます。父と現在地で開業医として仕事を始めて5年以上経ちましたが、時々内の待合室が同窓会会場になって友達同士あそこが悪い、ここが悪くてと会話が飛び駆い、『こいつ(小生)に診てもらっているんだ。大丈夫かな?』『多分大丈夫さ』『いい先生らしいよ(小生が言う)』『自分で言ったらお終いよ』など遠慮会釈のない罵詈雑言?が。他の患者さまが『いいですねー、お友達がたくさんいらっしゃって』本当に友も友達も有り難いと感謝しています。子供の頃本当は1年、2年位しか付き合った事しかないような友達と今また出会うとその人の20年、30年の歴史と過程が、その人の妻や夫、子供たち、孫たち(小生のも含め)が私の人生と世間を彩ってくれるようです。『友達の輪』などと言う言葉は何かテレビ的で薄い感じがしますが、実際に今感じている『友達の輪』はあの昔の匂いを漂わせながら新しい息吹を吹き込んでくれる欠かせない存在になってきました。毎日診療で多くの患者さまたちと接しながら(勿論友達としてではおかしいのですが)、その方がたの人生の一部や家族の人達とも触れ合わせていただく事も同じように私の人生に彩りを与えてくださいます。『友達の輪』では可笑しいですが患者さまたちとも友達に感じるような新鮮で、感動的な関係を築けたらいいなと。ここ数年鎌倉の地に腰を落ち着けた私の日々は多くの人に支えられ、楽しく、時には哀しいこともありますが友との語らい、患者さまとの語らいで多くの匂い、風景、時代を感じさせて貰っています。新しき旧い鎌倉の友へ。

鎌倉市医師会雑誌『神庫』投稿文より